分娩による骨盤や骨盤底の神経への影響
分娩の際、骨盤や骨盤底の神経が受けることのあるダメージについては、以下のようなものが知られています。
① 胎児の頭が腟の出口にさしかかって肛門が強い力で押される時に、肛門やその周辺の知覚を伝える神経が引きのばされてしびれたり、感じなくなったりする。
② 長引く分娩で、産道の近くに位置している骨盤神経叢(微細な神経線維のネットワーク)が組織の血行障害により機能低下を起こし、排尿がうまくいかなくなる。
③ 鉗子分娩や吸引分娩で力を用いて胎児の頭を引き下ろす時に、肛門挙筋が損傷されるとともに骨盤底筋を収縮させる神経が働かなくなる
分娩による神経系のダメージは、神経を包む膜構造が残っていてゆっくりと回復するものと、引き抜きや分断が起こってしまって回復しないものとがあります。
子どもを産む女性は年齢が若く、本来ならば予備力が十二分にあります。回復しない神経損傷をいくつか負ってしまったとしても、骨盤底や骨盤臓器の機能全体で見れば何とか補いがつき、膀胱尿道、直腸肛門、骨盤底筋などの性能は実用に困らないレベルに戻っていくものだったのです。しかし、昨今は出産年齢の上昇により、分娩でこうむった損傷や機能低下はなかなかよくならず、回復が頭打ちになる傾向があります。
では、上記の神経系のダメージがどのような機能的問題になって現れるかというと、
①は、肛門の反応の悪さやゆるみ、転じては便のもれやすさとなって現れます。
②は、たいてい1カ月以内に回復しますが、受傷直後は尿意がほとんどなく排尿ができなくなります。
③は、骨盤底筋をすぼめる動作ができなくなってしまいます。年齢を問わず障害が恒久化することが多く、そうなると骨盤底筋トレーニングもできないので対応に困ります。
分娩による骨盤や骨盤底の神経への好ましくない影響を減らすために何ができるでしょうか。基本路線は、尿もれや便もれの防止策と同じです。
具体的には、妊娠中から体調管理に努力し出産が近づいたら十分に身体を休めて出産に望む、母体年齢が40歳に近い、胎児の推定体重が母体骨盤との比較で大きすぎるなど経腟的な出産が厳しい時には経腟分娩を強行しない、などのことがポイントです。
「案ずるより産むが易し」という格言は確かにありますが、実際に経腟分娩が開始し胎児の頭が下がり始めれば、母体と胎児の生命を危険にさらさずに身二つにする以外のことには手が回らなくなります。本番では、骨盤底の筋や神経を損傷しないための方策どころではないかもしれないのです。
最近は、硬膜外麻酔を用いる無痛分娩が日本でも普及してきましたが、難産になるかもしれない出産には硬膜外麻酔を使用しないのが無難です。その理由は、子宮口が開いてもなかなか胎児が下りてこない分娩に硬膜外麻酔を使用していると、分娩が長引くことに本人も周囲も鈍感になり(②の懸念)、硬膜外麻酔を使用した分娩では鉗子や吸引装置で娩出する可能性がいっそう高まるためです(③の懸念)。
監修:社会福祉法人三井記念病院 産婦人科 中田真木先生
- ※尿もれを引き起こす原因の特定は本人には難しい場合がありますので、担当医にご相談ください。
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